癒しを求めて。

来月のお盆に、中学の同窓会をすることになっていて、
私はその発起人に名を連ねている。
その関係で、なにかと忙しい。
発起人同士の連絡。
住所不明者の捜索。
ネットへの書き込み。
今まで全く連絡とってなかった人からメールがきたり。
そんな人とは積る話が山とあるので、
やたら長文のやりとりになる。
プラス、飲み会が入ったり、
二日酔いになったりで!?
レギュラーが観れていない。
もしかして、番組編成期でやってないのかもしれないけど、
それさえも把握していない。


ふと、
あ〜〜、私最近、癒されていないかも・・・・
あの若者たちを観ていないからかも・・・・
という事に気づいて。
昨夜遅く、しやがれを観ることにした。
リアルでは観れなかったので、録画したのを再生すると。


なっなっなんと!!!!
始めの20分近くが撮れてないじゃない!!!!!


なっなっなんで!?!?!?


あとで判明したのは、
三毛猫を毎週録画予約するようにセットしていたのを、
まだ解除してなかったから。
メッセージ出たのは知ってたけど。
ドラマが最終回延長になった分、
録画開始時間が遅れたみたいで。
やる事やらないと、こんなことになってしまうのね。
教訓。
“やらなくちゃいけない事は後回しにせず、
              気づいた時にやりましょう。”



それにしてもやっぱ癒されるわ〜。
あの男の子たち。
あいばくんが、
「机に便せん入ってます」って言われて、
自分の身を傾けるんじゃなくて、
机を傾けて中を確認するとこ。
あそこ大好きです。
先生に褒められてうれしそうな顔するとことか。
あの子ったら、
年々かわいくなっていってるような気がするんだけど。







今回の同窓会を開催するにあたり、
前面に謳ってはいないけど、
東日本大震災で亡くなった2人の同級生をみんなで追悼しようという、
大きな意味を持っている。
去年のお盆に、2人の遺灰・お墓にお線香を上げさせてもらった時、
こんな再会、ありえない。
なんで生きている時に会えなかったんだろう。
って、強く強く強く思ったから。
だから生きて、会える時に、
震災から一年経った今、みんなで会おうってことで企画された同窓会。
なので1人でも多くの同級生の参加を呼び掛けている。
ご両親や肉親を亡くした子も幾人か出席表明してくれ、
発起人メンバーで喜んでいたところ・・・・・。
私の元に一通のメールが届いた。
中学の頃は仲良かったけど、
その後、高校で電車通学してた時に偶然会った時に話すくらいだった子。
その子は被害にあった2人のうちの1人Yちゃんととても仲が良かった。
その内容が、
「出席したい気持ちは山々だけど、
Yちゃんのいない同窓会が考えられなくて・・・」
というものでした。
それで今回の同窓会の主旨を伝えて、
できれば出席してほしいことを話しても、
ごめんね、って。
Yちゃんがいなくなったという現実を、
まだ受け入れたくないと思っている自分がいる、って。
私は、Yちゃんとは1,2年のクラスが一緒。
1年の秋、転校してきた私にとてもよくしてくれた、明るい子。
もう1人は2年の時同じクラスで、
家が近かったし、すごく面白い子で、
卒業してからも幾度か遊んだこともあったけど、
だんだん会わなくなってしまった。
その2人とも、お子さんと一緒に津波の被害に合ってしまい、
私もかなり心を痛めました。
でも、もっともっと計り知れないくらいの悲しみを抱えている人が、
まだまだ沢山いるんだよね。
その子とメールのやりとりして以来、いろいろ考えてしまいます。
その子にとって同窓会に出席するってことは、
Yちゃんがいない現実を目の当たりにするってことなんだな、って。
本当にこの同窓会は今やるべきものだったのか。
同窓会をやることで、傷つく人もいるんじゃないかな・・・と。
追悼するなんて言ってるけど、それは私達のエゴなんじゃないか・・・と。
でも、もうやるしかないから。
様々な思いをみんな抱えている事を心して。